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ふなばし人脈駅伝

稲葉澄子さん インタビュー

船橋の一線で活動を続けて50余年

2015/10/20

稲葉 澄子(いなば すみこ)さん

船橋の好きなところ:人ですね。みんな責任感があって、積極的で、友好的。

船橋市生活学校運動推進協議会
所在地:船橋市飯山満町2-501-26
TEL:047-466-2069

「ふなばし人脈駅伝」第28回!

こんにちは。「ふなばし人脈駅伝」第28回をお届けします!
今回は船橋の一線で活動されてきたこちらの方をご紹介します。先だってご紹介した戸山さんからは「本当に厳しく、それ以上にやさしい方です」とのお言葉をいただいています。
船橋市生活学校運動推進協議会 会長にして船橋市赤十字奉仕団 委員長 稲葉澄子さんです!

議員として20年、地域のため・人のために。

――まず、船橋市で市議会議員をされていたというところからお話を聞かせてください!
議員として20年間活動していました。きっかけは町会の水事情でしたね。30代半ばの頃に船橋に引っ越してきて、そのころは井戸水に頼っていたんですが、あるとき井戸が壊れて水がなくなってしまったんです。ほとほと困り果ててしまいましたが、なんとかしなくてはいけないと思い、共感してくれた女性と二人で当時の市議会議員に陳情に行ったんです。それで無事県営水道が設置されたんですが、そのときの活動ぶりをみた町の人々が私に町会長をと頼みに来たんですね。それがきっかけで複数の町会を束ねる連合町会長にもなって。そのときは反発した町会がいくつか脱退しましたね(苦笑)。その当時は女性が男性の上に立つ、なんてめったなことじゃありませんでしたから。それでも町のために動き続けて、そのまま市議会議員選にも推されて当選させていただきました。

――議員としてどのような活動をされていたんですか?
議員になっても基本的な考え方は変わらず、“地域のために”を第一に活動していましたね。公共事業、例えば幹線道路を通したり公共施設を建てたり、その他に中学校の学校給食導入や非行防止運動にも力を入れましたね。当時の中学校は放任状態で、荒れ放題だったんですよ。これからの地域のためにもそれじゃいけない、自分が住むまち、地域をもっともっと良くしたいといつも考えて活動していましたね。
でも今のような“女性が輝ける社会”なんて風潮はありませんでしたから、自分の力で勝ち取っていくしかなかった。性別関係なく誰にも負けないくらい働きました。「自分の身体、働きで成り上がってやるんだ」という気持ちがありましたね。

“生活学校運動”に尽力、船橋での活動を引っ張る。

学校ごとの資料をファイリング。各校で活動が異なれど、稲葉さんはすべてに関わっていると言います。
学校ごとの資料をファイリング。各校で活動が異なれど、稲葉さんはすべてに関わっていると言います。
――議員として活躍していた一方「船橋市生活学校運動推進協議会」を設立されています。これはどのような団体なんですか?
生活学校は暮らしに密着した問題について勉強会を開催したり、その問題を解決するために行政や企業と協働したり、より良い生活のために活動していく団体です。推進協議会はその生活学校を束ねる団体として活動しています。
昭和56年に、女性が中心となって自分たちで学びを深める団体を作りたいという機運が高まり、船橋で最初の生活学校が誕生しました。私が推進協議会を立ち上げて会長になり、それから34年間で14校の生活学校が開校しました。
生活学校は全国に1000以上あるんですが、その中でも船橋市内の活動は日本最大といわれています。大勢の人が参加しているし、活動に対しての意欲や取り組みも大きいんですよ。そんな中で活動してきて、“人を育てる”ということを強く意識するようになりました。どれだけいい計画を立てても、問題を提起しても、行動するのは人なんです。最後までやり切れる、行動できる人を育てる大切さを実感しましたね。

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