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船橋今昔物語

昭和30年代の行田団地

行田団地はなぜ丸いのか?

船橋市行田にある丸い道路に囲まれた行田団地。円形の道路や、道路内の行田公園はジョギングをする地元の人や子どもたちに人気の場所です。
さて、なぜこんなにきれいな円形の土地ができたのでしょうか。
大正4(1915)年、行田地域には海軍無線電信所船橋送信所という旧海軍の無線電信所が建てられました。円形の道路はその名残なのです。この電信所は太平洋戦争時、真珠湾攻撃部隊に対して「ニイタカヤマノボレ一二〇八」の暗号電文を送信したことでも知られています。
昭和34(1959)年の海軍無線電信所船橋送信所(提供:川守銀太郎氏)
昭和34(1959)年の海軍無線電信所船橋送信所(提供:川守銀太郎氏)
戦後は進駐軍が接収、昭和41(1966)年に返還されました。その5年後には解体され、現在電信塔の跡は残っていません。その後、当時の住宅公団によって団地として造成され、運営が始まったのは昭和51(1976)年です。跡地の一部は、国から無料貸付を受けた千葉県が公園として整備し、県立行田公園として開園しました。現在、公園西側の芝生広場には記念碑が建立されています。

なお、国家公務員船橋体育センター跡地部分は、最近は財務省の所管から船橋市へと渡り、防災備蓄センターや児童発達支援センターなど様々な施設へのリニューアルの真っ最中です。

電信所は、軍事利用だけではなく関東大震災時には被害情報などを国内外に発信するといった平和利用もされていました。船橋市民には行田無線という名で親しまれていたそうです。

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