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船橋今昔物語

昭和30~50年代の海老川周辺 【広報ふなばし平成28年 1月1日号】

ふなばし思い出のアルバム

昭和40年代中ごろの鷹匠橋(東町周辺)で遊ぶ子どもたち

この記事は船橋市の発行する「広報ふなばし」より情報提供を受けて掲載しています。
船橋市は平成29年4月1日に市制80周年を迎えます。この節目の年を迎えるにあたり、市の誕生から80年の歩みを市民の皆さんとともに振り返るため、広報ふなばしにおいて「ふなばし思い出のアルバム」というコーナーを開始しています。

昭和50年代中ごろに東町の藁葺屋根の納屋の前で座る鈴木さんご夫婦

昭和30年代、子どもだった私は友達とよく海老川沿いで遊びました。当時の海老川はとてもきれいで泳いで遊ぶことができましたし、染物工場の染物を水洗いする光景もよく見られたものです。周辺の歩道はほとんど整備されておらず、今では毎年春に満開となるジョギングロードの桜も植えられていませんでした。
昭和41年に船橋漁港の水門が整備されるまでは、2~3年に1回、大雨による氾濫が起きて大変でした。床上浸水になることもあるので、畳を上げたり、布団をタンスの上に敷いて寝たりすることもありました。

また、海老川の周辺には、藁葺屋根の建物が多くありました。夏は涼しく冬は暖かい、過ごしやすさが特徴の伝統的な家屋でしたが、昭和50年代になると防火対策の観点から次第に減っていきました。その後、東葉高速線の建設が進むと、一面に広がっていた原っぱや田んぼが建設会社の資材置き場に変わっていきました。
今は川が氾濫することもなく住みやすくなりましたが、昔ながらの風景が減ってしまったのは少し寂しいですね。あののどかな時代が懐かしいです。

鈴木一雄さん(63歳・飯山満町2)

※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。

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