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令和元年、新時代 つるや伊藤=創業165年記念・注染本染め【手拭い型紙】展示会。おかげ様で盛況!! 供覧展示物を順次ご披露。どうぞご期待ください!!!

 染物・旗幕・祭り用品・神楽面 つるや伊藤のニュース

◆ 令和元年、新時代につるや伊藤・創業165年を記念しての注染・本染め【手ぬぐい型紙】展示会。

◆ この度は、戦後間もない昭和20年代(1940年代)から今日まで、つるや伊藤が手がけた染織あれこれの中から ★ 注染=ちゅうせん・本染めの『型紙と染上り品』の展覧会です。

◆ つるや伊藤は、戦前から昭和40年代(1960年代)の中頃まで船橋の中心市街地を流れる海老川を活用して「手拭いやゆかた」を染めていました。

★ その時代から、今日を辿りました。膨大な数の「型紙」の中からほんの少しですが、、当地の歴史の一端に光をあててみました。、、、、

※ 当地、船橋のほかにも千葉県内外、関東各地からご注文のあった『ゆかた・手拭い』などの型紙などは除けました。

■ 11月16,17日の二日間。船橋市勤労市民センター展示場での開催。
◆ まいぷれ情報での来場者も来られて、おかげ様で盛況、ありがとうございます!

★ 江戸時代幕末ごろ確立した伝統技法の『注染=ちゅうせん=本染め』。染め技法の原理は今も昔も変わりません。

★ これらを紹介説明するとともに、今日多く見られる「プリント手拭い」と本染め手拭いの相違や特徴の説明もさせていただきました。

◆■◆ プリント=捺染=にも、★『顔料捺染』と★『染料捺染』の二種ありますが、それぞれの特徴を染め上っている現物で紹介しました。※詳細はこれから、ポツポツと、、、、ご紹介、、、、。

◆ 会場展示の「注染型紙」は60枚。染上り・現反等は、50反ほどでご来場の皆さまには、初めて見る「型紙」には色々な反応。

★ 1枚の型紙から、同じ図柄で、紺色、緑色、アサギに臙脂(えんじ)、そのほか様々な色が、それこそ色々、色々染められることにビックリされたり、面白がられたりしておられました。

★ 1枚の型紙の中で、1色ではなく、紺色。それも薄いブルーに濃い紺色や赤、青、黄色。あるいは他の色が一度に染め別けられることなども不思議のようです。柄ゆきによっては“ボカシ”も染めてあったりして、ホントに見事。

◆ そうです、職人技です。

◆ 展示会場、「まるで美術館みたい・・・・…」とか、看板業の方が商売柄からか「シルクスクリーンの原点 ? 」と言ったり、「船橋の戦後の歴史がぎっしり、、、」など、さまざまなお声。

★ また、デザインの色々、独特の文字のあしらい、パターンの妙に関心をされていたのは美術学校の学生さん。

★ さざんか募金運動のマスコットキャラクター制作者で船橋駅の銅像「さざんかさっちゃん」の制作者のお一人、牧野圭一さん(京都精華大学名誉教授)の手掛けた手拭いを集中展示して『牧野圭一コーナー』も設けました。

★ 今、人気の【ふなばしアンデルセン公園・花と緑の手拭い】や佐倉の釣り堀【アートへらポンド】、浦安の老舗つくだ煮やさん【にしきん】さんの手拭い、下総中山法華経寺界隈【手拭い絵双紙】など、など、これまでの作品を展示。

※牧野圭一さんは、アンデルセン公園・子ども美術館名誉館長でもあります。

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◆ 戦後間もない昭和20年代は、豊富村が船橋市に合併する直前、最後の『農産物』品評会に手拭いを染めています。昭和28年(1953年)にその時の型紙の掲出も話題。

★ 豊富村が船橋市になったのは昭和29年(1954年)。その前の昭和28年は、千葉郡二宮町が船橋市になっています。

★ 滝台新田、薬円台新田、三山村、多喜野井村、前原新田、上飯山満村に下飯山満村の『二宮町』が船橋市に編入したのです。

★ 80年前、昭和12年に合併して船橋市制の施行。
◆『行にしベェーか、帰りにしベェーか、しべぇー、しベェーの八ベェー宿』から 現在の60万都市のはしりは、合併の連続でしたね。

■ 「型紙」紹介、近年のモノの中からは、湊中学校の創立50周年の記念の手拭を紹介しています。染上り額装した手ぬぐいと「型紙」を上下に並べて展示。

★ 湊町・東納谷のばか面踊りのレジェンドは湊中OB。卒業生同志とともに、見入っています。

◆ 手ぬぐいに染められた『校歌の歌詞』を良くご覧ください。右側の歌詞と左側の歌詞の相違にご注目。

★ 歌詞の2番をお読みください。右側が現在の歌詞。左側が改定前の歌詞、改定前の2番の歌詞にある・・・“ならび立つ無電の塔に 眉あがる”・・・と、いうところが、変更されています。

※ ◆湊中学校卒業生。卒業時期によって、歌っていた校歌の歌詞が違います。 やはり、太平洋戦争、真珠湾攻撃の『奇襲作戦』の暗号無線「ニイタカヤマノボレ」の “無電の塔に 眉あがれ”・・・は、拙かった ? のでしょうか。
   
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▼令和二年の干支手拭いも、会場に陳列しました リンクご覧ください▼
干支手拭いのご紹介

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★ 今回の主な展覧、展示物などは今号①を手始めに、順次、ご紹介させて下さい。

★★★ 最後までお読みいただいてありがとうございます。

♥ 今後ともよろしくお願い申し上げます。
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