
▲宮下 輝一 選手

▲松尾 航希 選手
この春、市立船橋高校(以下:市船)を卒業した若きアスリート、宮下 輝一(みやした きいち)選手と松尾 航希(まつお こうき)選手。それぞれ「混成競技」と「ハーフマラソン」で、高校陸上界の歴史を塗り替え、日本一に輝きました。
船橋から全国へ羽ばたき、さらなる活躍を目指す2人のエースを紹介します。
八種競技 高校日本記録保持者 宮下 輝一選手
陸上の複数種目を一人でこなし、その合計得点を競う「混成競技」で注目を集める若き実力者。
高校3年生のインターハイ男子八種競技では、見事高校新記録を樹立し優勝。日本陸上界での活躍が期待されています。4月から、120年以上の歴史を誇る名門・筑波大学へ進学し、さらなる高みを目指す宮下選手に、陸上をはじめたきっかけや市船で過ごした3年間、これからの夢などを伺いました。
陸上との出会い、そして「投げる」楽しさ
陸上を始めたきっかけを教えてください
小学4年生の時、兄が通っていた地元の陸上クラブの練習に、母の勧めで参加したのがきっかけです。もともとスポーツは大好きで、保育園から小学校低学年まではサッカーと水泳をやっていたのですが、陸上クラブに入ってみたら、とにかく楽しくて。特に、投げる競技「ジャベリックボール(※)投げ」の虜になりました。
※羽根のついた楕円形の投てき用具。投げると「ヒュン!」と笛のような音が鳴るのが特徴で、やり投げの導入期や小学生の陸上競技種目として親しまれている
「混成競技」を始めたのは?
中学1、2年生の頃は幅跳びを専門にしていたのですが、3年生の春頃に記録が伸び悩んでしまって。その時、クラブの先生から「混成競技をやってみたら?」とアドバイスをいただきました。やってみると自分にすごく合っていて、その年の全中(全国中学校体育大会)では3位に入ることができました。そこから本格的に混成の道に進もうと決めました。
市船で学んだ「考える大切さ」
市船へ進学を決めた理由を教えてください
中学の監督に「混成競技をやるなら、日本トップクラスの指導者がいる市船が一番いい」と勧められたからです。練習を見学に行った際も、雰囲気が良くて純粋に「楽しい!」と感じられたのが決め手でした。
市船での3年間で、最も学んだことは何ですか?
「一つ一つを自分で考えることの大切さ」です。中学までは成長期ということもあり、練習すればするほど記録が伸びました。しかし、高校では、正しい知識を身につけ、理論的に考えて取り組まないと全く伸びません。日々、自分の頭で考えながら練習に励む先輩たちの背中を見て、その姿勢を学びました。
3年生の全国高校総体(インターハイ)で高校新記録を樹立されましたが、プレッシャーはありましたか?
周りからの視線やプレッシャーは全く感じませんでした。「とにかく勝ちたい」という強い気持ちが自分の中にあったので。試合中は常に自分だけにベクトルを向けて、一歩も引かない気持ちで挑みました。
混成競技ならではの魅力とは?
混成競技は種目数が多いため、こなさなければならない練習のメニューや時間も膨大になります。身体的なハードさはありますが、すべての種目を終えて自己ベストを出した時の達成感は別格です。ちなみに、一番好きな種目は、昔から変わらず「やり投げ」です!
船橋での思い出とこれから
学校生活での思い出はありますか?
体育科だったので、周りのみんなも競技レベルがすごく高くて、一緒に体育の授業をやるのがとにかく楽しかったです。放課後には、東船橋駅近くの「なか卯」や定食屋「まる大」へ、みんなとよくご飯を食べに行きました。こうした何気ない時間を一緒に過ごせたことも、最高の思い出です。
4月からは筑波大学へ進学されます。これからの目標を教えてください
筑波大学の「自分で考えて練習を選択する」というスタイルが、自分に合っていると感じたので、進学を決めました。大学では、全カレ(日本学生陸上競技対校選手権大会)での優勝を目指し、さらに世界ジュニアへの出場も目標です。将来的には、オリンピックに出場して上位に入賞し、世界で戦える選手になりたいです。
プロフィール
所属:市立船橋高校(2026年3月時点)
生年月日:2007年6月5日
出身地:匝瑳市(八日市場第一中学校卒業)
経歴:市立船橋高校 卒業 → 筑波大学 進学
体格:身長178.4cm / 体重70.5kg
ルーティン:睡眠時間をたっぷり取ること(毎日9時間は寝るようにしています!怪我の予防と集中力維持のためには欠かせません)
得意科目:地理(世界中のことを知れるのが面白い!)
主な実績:2025年全国高校総体(インターハイ)陸上男子八種競技 高校新記録を樹立して優勝
ハーフマラソン高校最高記録保持者 松尾 航希選手
船橋市出身(行田中・市船)の松尾選手は、2月に行われたハーフマラソンで、高校生の国内最高タイム(1時間2分47秒)を叩き出しました。4月からは帝京大学に進学し、駅伝競走部としてさらなる活躍を目指す松尾選手に、船橋での思い出やこれからの目標などを伺いました。
野球部で培った「体力」と、箱根駅伝への「憧れ」
高校から陸上を始めたきっかけを教えてください
中学3年生までは、ピッチャーとして野球に打ち込んでいました。高校でも続けるつもりでしたが、中学3年の冬(2023年1月)、テレビで見た「箱根駅伝」に衝撃を受けました。沿道の途切れない応援、道路の真ん中を堂々と走る選手たちの姿に「かっこいい!自分もあそこに立ちたい」と直感的に思いました。地元に、運動部のレベルが高い市船が身近にあったことも、挑戦を後押ししてくれました。
野球の経験が、今の走りに活きている部分はありますか?
体幹トレーニングや走り込みなど、身体づくりの基本ができていたのは大きいです。高校から長距離を始めたので、最初は疲労との戦いでしたが、中学で培った基礎体力のおかげで、スムーズに競技に打ち込めました。
「県駅伝優勝」の歓喜と、都大路での激走
3年間で最も印象に残っている出来事を教えてください
チーム全員で掴み取った県駅伝の優勝が一番の思い出です。市船は『特定のライバル校に勝つ』という明確な目標を全員で共有していました。同じ方向を向いて戦えたことが、僕たちの強みだったと思います。
自分が一番成長したと感じる部分は?
「苦しい場面で粘れる力」です。練習でもレースでも、きつい場面で踏ん張ることを意識し続けた結果、特に高校3年生後半のレースで成果につながりました。
練習では、設定ペースを上回ることを意識し、常に高いレベルを目指して取り組んでいました。
全国高校駅伝(都大路)のエース区間である1区を走った感想は?
雨のレースでしたが、走っている最中はとにかく楽しかったです。1区4位という結果でチームに良い流れを作れた安心感もありましたが、前の選手に競り勝てなかった悔しさも残りました。
レースで大事にしていることは?
とにかく『楽しむ』ことです。試合では練習以上の成果は出ないと考え、“練習の延長”だと捉えることで、緊張せずに挑めています。また、レース展開を頭の中でシミュレーションし続け、常にベストな動きを考えることも意識しています。
行田公園が練習拠点。地元・船橋への愛着
船橋市内で思い出の場所はありますか?
毎日のように走っていた『行田公園』が一番の思い出の場所です。部活が終わった後に、さらに自分で10~20kmほど走り込んでいました。また、オフの日には、地元の友達と海老川近くのグラウンドで野球をしていたのも思い出です。
帝京大学での新たな挑戦
4月から箱根駅伝の強豪・帝京大学に進学されますね
帝京大学は、充実した施設と怪我へのサポート体制に惹かれました。自分は怪我に悩まされた時期もあったので、ケアが徹底できる環境と、監督からの熱心なお声がけが決め手になりました。
大学4年間での目標を教えてください
大学では箱根だけでなく、出雲、全日本の三大駅伝すべてで区間賞を狙います。4年間ですべてを出し切る強い意志を持って頑張りたいです。
先輩からのメッセージ:帝京大学 3年 斎藤 翔真さん(2024年市船卒)
松尾とは市船時代、僕が3年生で彼が1年生という先輩後輩の間柄でした。大学でもまた一緒に走れることを、心から嬉しく思っています。普段はどちらかというとマイペースで、いい意味でぼーっとしているような雰囲気なのですが、いざロードに出てスイッチが入ると別人のような姿にびっくりします。頼もしい後輩が入ってきたので、僕自身も負けていられません。切磋琢磨して、箱根路を走る姿を船橋のみなさんに届けたいです。
プロフィール
所属:市立船橋高校(2026年3月時点)
生年月日:2008年1月7日
出身地:船橋市(塚田小学校・行田中学校卒業)
経歴:市立船橋高校 卒業 → 帝京大学 進学
体格:身長178cm / 体重61kg
ルーティン:大会前に必ず鰻を食べる
好きな食べ物:キャラメル
主な実績:2025年全国高校駅伝1区4位、2026年神奈川マラソン ハーフマラソン日本人高校最高記録(1時間2分47秒)