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船橋今昔物語

電話不足を補っていた電報は最盛期 昭和30年代の通信事情

電話が各家庭になかった時代、電報は大切な通信手段でした ~本町一丁目の電電公社の写真~

本町一丁目にあった電電公社の建物 提供:右島薬局

写真は昭和30年代に本町一丁目の交差点近くにあった電電公社(正式名称:日本電信電話公社 ※現在のNTTの前身)の建物です。アルファベットのTをふたつ組み合わせたロゴマークと、「電報 電話」と書かれています。

昭和30年代当時、電話はまだ特別な存在でした。電話を補うように普及していたのが電報。昔の映画で「チチキトク」や「サクラサク」といった電報を受け取るシーンを見たことがある人もいるかもしれません。電報は当時1年間に9,000万通も使われていたそうです。

 

ちなみに当時はまだ、市外電話は交換手を介さないと通話ができませんでした。待ち時間なくスムーズに機械の接続によって全国的に通話ができるようになるのは、昭和53年以降のことです。

 

《2021年3月現在、船橋市中央図書館において、昭和30年代の本町通りの写真を展示中です。》

昭和38年から使われ始めた600形自動式卓上電話機 ※イメージ画像

現在、同じ場所にはNTT東日本 船橋本町ビルが建っています。(2021年1月撮影)

※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。

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